シリーズ・筑豊を元気にする人々-井手口庄吾

人生を変えた、あの夏休み
福岡県は田川市後藤寺。この地でサロンを営みながら、世界を目指す一人の美容師がいる。井手口庄吾。ヘアサロンFABRICのスタイリストとして海外での認知が高まる中、このたび彼の想い、彼の本音を聞くことができた。一見無口そうな彼の風貌とは裏腹に、その話しぶりからは幼い頃に感じた情熱を、いまなお持ち続けているような一面が感じられる。
すべてのはじまりは庄吾が小学生のときであった。夏休みを利用して海外の林間学校に通うことになった庄吾は、ひとりでイギリスへ渡った。はじめて日本の外で生活をする庄吾にとって、世界中、いろんな国々から集った子供たちとの交流はとても新鮮で、そして衝撃的であった。
「そのとき、世界にはこんなにいろんな人がいるんだ。と思いましたね。言葉も、肌の色も、考え方も何もかも違う。世界は広いなぁ。いつか大人になったら、絶対に世界を目指す仕事がしたい、世界に通用する仕事がしたい。僕の人生は、すべてそのときの体験が根っこにあるんです」
 
小学校の卒業文集「ヴィダルサスーンを超える」
「今思えば大それたことを書いてますよね(笑)。周りが『プロ野球選手になる』とか書いている中で、僕はヴィダルサスーンへの憧れがとにかく強かった」
ヴィダルサスーンといえば、世界的に有名なヘアドレッサーだ。従来は髪をまとめることで形を作っていたスタイルを、サスーンは髪を切る。カットするという行為そのものによってスタイリングするという技法を確立した第一人者である。家が美容室だったこともあり、そんなサスーンの功績を、庄吾は子供ながらに感じたという。 それから幾ばくかの年月を重ね、庄吾のサスーンへの憧れ、世界への憧れはより一層強いものへとなっていった。
「とにかくイギリスへ、ロンドンへ行きたかった。サスーンさんに会って、世界トップレベルの人がどんな仕事をしているのかをこの目で見てみたかったんです」
19歳のとき、ハサミと最小限の荷物を片手に旅立とうとする庄吾に向かって、美容師である父親がひとつの質問を投げかけた。
『庄吾、ロンドンに行くのは、まぁいいやろ。でもお前、そこで何ができるんや?今のお前には、何の技術も蓄えもない。それで世界に出て行っても仕方がないんじゃなかろうか。まずはここで美容師になって経験を積み、いろんなものを吸収していく中で自分のスタイルが確立していくんやないかな。世界を目指すのは、それからでも遅くないんやないか?』
美容師でもある父親としてのアドバイスを受け止め、それからしばらく、庄吾は田川と小倉で修行を積んだ。
 
世界へ、そして田川へ
 美容師としてロンドンの地へと降り立った庄吾は、ヴィダルサスーンアカデミーで世界を目指すための基礎を学んだ。
それからイギリスのトップ・リーディングサロン「SANRIZZ LONDON」の門をたたき、サスーンの愛弟子である師匠より多くを学んだ。
「世界で認めてもらうって大変でした。日本では大丈夫だったことが、まったく通用しない。それは日本が悪いとかいうことではなく、日本と海外ではモデルも美の感覚も違うし、目指しているものが違うんです。自分の作品を世界に向けて発信するためには、海外で求められるものを習得しないといけなかった。古臭いかもしれませんが、日本人特有の根性論みたいなものがあって、なんとしても認めてもらうぞと思い、とにかくがむしゃらに勉強しました」
庄吾の頑張りは徐々に結果を出し、最終的にはサロンでトップの成績を出すにまで至った。
「僕の目標のひとつは、そこで一旦完結しました。でも幼い頃から父の背中を見て育った僕には次の目標があって、いつまでもロンドンにいるわけにはいかなかったんです」

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